LtVPickUp~Israeli Hydrogen Startup H2Pro Are Trying to Solve Clean Energy’s Hardest Problem_260619
▼ケース記事
▼記事の要約
世界のクリーンエネルギーへの移行において、太陽光パネルの低価格化や風力発電の拡大、バッテリーの進化が進む一方、鉄鋼プラント、貨物船、肥料工場などの「重工業・大量エネルギー消費セクター」を化石燃料なしでどう稼働させるかという巨大な課題が残されている。この問題に対し、世界中のスタートアップたちは水素(特にグリーン水素)を有望な解決策と捉えているが、従来の製造手法ではコストが非常に高く、経済的な持続可能性が低い点でうまくいけてなかった。
この状況を突破するために、イスラエルのスタートアップH2Proは、イスラエル工科大学の研究をベースに、メンブレン(分離膜)を使用しない革新的な水電解技術「Decoupled Water Electrolysis (DWE)」を開発した。水素と酸素の発生反応を異なる段階に分離することで、低コスト化、安全性の向上、そして出力が不安定な太陽光や風力発電とのシームレスな連携を可能にした。同社はビル・ゲイツ氏のBreakthrough Energy Venturesや住友商事、ArcelorMittal、Temasekなどから1億ドル以上の資金を調達し、スペインでのオフグリッド太陽光水素プロジェクトをはじめとする商業スケールへの展開を急ピッチで進めている。 特に注目すべき海外展開として、H2Proは今年スペインのエストレマドゥーラ州で太陽光発電を用いた5メガワット規模の水素プロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトはバッテリーやグリッドバックアップを一切使わず、完全にオフグリッドで動作するモデルであり、再エネの出力変動にダイレクトに対応できる同社技術の証明の場となっている。これが成功すれば、中東や北アフリカなどの日射量が豊富な地域への水平展開に向けた強い試みとなる。 ▼会社概要
設立:2019年
本社:イスラエル
創業者:Dr. Hen Dotan、Prof. Gideon Grader、Prof. Avner Rothschild(イスラエル工業大学研究者)
事業内容:グリーン水素製造技術(水電解装置)
調達額:1億ドル超
設立:2016年
本社:ワシントン州カークランド
創業者:ビル・ゲイツなど
事業内容:VC
運用資産:20〜35億ドル超
投資領域:クリーンテック、エネルギー、など
投資ステージ:シード〜グロース 最大20年の長期投資を想定
代表的投資先:Redwood Materials(電子リサイクル)、Fervo Energy(次世代地熱)など
設立:1919年
本社:日本・東京都千代田区
代表者:上野真吾(代表取締役社長 CEO)
事業内容:金属、輸送機・建機、インフラ、メディア・デジタル、生活・不動産、資源・化学品
調達額(自己資金/時価総額):約4.5兆円(※上場企業)
設立:2006年(Mittal SteelによるArcelorの買収合併)
本社:ルクセンブルク
創業者:Lakshmi Mittal(インド出身の鉄鋼王、現執行会長)
事業内容:世界最大級の鉄鋼メーカーで自動車、建設、エネルギー向けの高付加価値鋼材を製造
調達額(自己資金/時価総額):約250億ドル(※上場企業)
設立:1974年
本社:シンガポール
創立者:シンガポール政府(100%出資する政府系投資会社)
事業内容:VC
主な投資領域:金融、テクノロジー、ライフサイエンス、サステナビリティ
運用資産(AUM):約3,800億シンガポールドル(約2,800億米ドル)
初期仮説(個人的にはこういう点が起業家にとっても価値だと思うので深掘りたいッス、な論点)
ディープテックやクライメイトテック(気候変動対策技術)に挑む起業家にとって、最初の大きな壁は圧倒的な技術的優位性があっても、既存のサプライチェーンやインフラの経済合理性に勝てない」というデスバレーにある。特にグリーン水素の世界では、1キログラムあたり1ドルという「Hydrogen Shot」の目標値が掲げられているが、従来のメンブレンを用いた水電解装置では初期投資も運用コストも高すぎて、補助金頼みの域を出られなかった。
ここでH2Proが示している起業家的な価値は、単に「環境に良い」という倫理的アプローチではなく、テクノロジーの根本的なブレイクスルー(メンブレンフリー化と反応の分離)によって化石燃料よりも安く、かつ既存の再エネインフラにそのままプラグインできるという圧倒的な実利を設計した点にある。さらに、Breakthrough Energy Venturesのような世界最高峰のクライメイト特化VCを巻き込むことで、技術検証の信頼性を担保し、ArcelorMittal(鉄鋼)や住友商事(商社・インフラ)といった将来の巨大顧客=産業パートナーを初期段階からエコシステムに組み込んでいる。つまり、ハードウェア・ディープテックの起業家がスケールするためには、単なる資金調達を超えて、技術のブレイクスルーをいかに最短で産業全体の経済合理性に接続させるか、そのグランドデザインを描く能力こそが最大の価値になるのではないか。 ▼事前リサーチ by ずー
Q.H2Proが開発する「DWE(分断型水電解)」技術は、従来の一般的な水電解技術と比べて何がすごいのか?また、それがなぜコスト削減に直結するのか? 従来の一般的な水電解装置(アルカリ型やPEM型など)では、水に電気を流して水素と酸素を「同時」に発生させる。この際、2つのガスが混ざると爆発する危険性があるため、高価で劣化しやすいメンブレン(分離膜)で物理的に仕切る必要があった。これが装置のコストを高め、寿命を縮める最大の要因だった。
これに対し、H2ProのDWE(Decoupled Water Electrolysis)技術は、水素を発生させるステップと酸素を発生させるステップを時間的に分離して行う。ファーストステップで電気を流して水素だけを発生させ、その後、熱(化学反応)を利用して酸素を発生させる。これにより、そもそも爆発の危険がないため高価なメンブレンが完全に不要になる。結果として、装置の製造コストを大幅に下げられるだけでなく、エネルギー効率が95%と極めて高いため、電力コストも劇的に削減できる。これが「1キログラム=1ドル」のグリーン水素を実現するためのゲームチェンジャーとなっている。 Q. なぜH2Proは、自国ではなくスペインで最初の大型オフグリッド太陽光プロジェクトを展開しているのか?この海外展開戦略の意図は? H2ProのDWE技術の強みの一つは、太陽光や風力といった出力が激しく変動する再生可能エネルギーと直接連動できる柔軟性にある。一般的な電解槽は一定の電力が供給されないと劣化しやすいが、DWEは変動に強いため、高価な蓄電池(バッテリー)や系統グリッドへの接続なしで、完全に「再エネ+電解槽」のみのオフグリッド運用が可能となる。 スペインは欧州屈指の広大な土地と日射量を誇り、現在欧州のグリーン水素ハブを目指して国を挙げて投資を進めているエリアである。この地で、バッテリーなしの完全オフグリッドかつ5メガワットという商業手前の規模で実証成功のトラックレコードを作れば、日射量が豊富な中東や南欧、さらにグローバル市場への水平展開が一気に容易になる。イスラエル国内の狭い市場に閉じこもらず、最初からグローバルな巨大インフラ需要がある現場に技術を持ち込むことで、商用化へのタイムラインを大幅に圧縮している。
BEVの投資スタンスは明確で、「年間少なくとも半ギガトン(5億トン)の温室効果ガス排出を削減できるポテンシャルを持つ技術」にしか投資しない。世界全体の排出量の約3割を占める鉄鋼、セメント、化学、輸送などの重工業セクターは、バッテリーによる電化(EV化など)が物理的・重量的に不可能な「Hard-to-Abate(削減困難)」領域である。この領域を救う唯一の切り札がグリーン水素だが、BEVは「既存の化石燃料(グレー水素)と同等かそれ以下に安くならない限り、市場には普及しない(グリーン・プレミアムの解消)」という冷徹な現実を見据えている。
H2ProのDWEは、そのグリーン・プレミアムをゼロにできる技術的再現性が極めて高いため、BEVのロジックに完璧に合致した。さらに、共同投資家として名を連ねるArcelorMittalは世界最大級の鉄鋼メーカーであり、住友商事はグローバルなエネルギーインフラを担うプレイヤーである。投資家たちは単なるキャピタルゲインだけでなく、「自社の事業基盤を次世代に存続させるための必須ピース」としてH2Proを位置づけている。強力な「資金」と「将来の買い手(需要)」が初期段階から1つのテーブルに揃うことで、技術リスクと市場リスクを同時に低減させる高度なシンジケートが組まれている。 ▼結論
クライメイトテックの起業家にとって真に価値があるのは、単にお金を引っ張ってくることではない。H2Proのように、自社の技術特性(再エネの変動に強い)を最大限に活かせるスペインのような最適な実証フィールドを瞬時に見つけ出し、BEVのような思想的リーダーと、ArcelorMittalや住友商事のような「リアルな産業の超巨大顧客」を同時に株主として巻き込むエコシステム設計力である。 テクノロジーで物理的な限界を超え、トップクラスのインサイダーを巻き込んで、既存の化石燃料より安い仕組みを社会にインプラントする。この一連のグランドデザインを描ききることこそが、これからの巨大クリーンテック時代を勝ち抜く起業家の絶対条件であり、彼らが証明した最大の価値である。